いつの間にか「無能な批評家」にならないための視点

私たちのやることや提案に対し、反対意見とかネガティブなことばかり言ってくる人って居ますよね。

闘う君の唄を、闘わない奴等が笑うだろう、ファイト!

引用:中島みゆき|ファイト!

この「戦わない奴等」のことです。

自分では何も創造しないのに、批評ばかり。私は無能な人と認識してテキトーにしか相手しないようにしてます。

批評家な無能にならないために

無能とは

【無能】能力や才能がないこと。役に立たないこと。また、その人や、そのようなさま。「無能な指揮官」「無能無策」⇔有能。

引用:デジタル大辞泉

なかなか辛口な定義です。

誰かのことを見下すようなことはしたくないのですが、いちいち批評家な人たちにイライラしたくないですよね。

「無能が何か言い始めた」と割りきって相手した方が疲れなくて良いです。

逆に私たちが無能な批評家にならないよう、気をつけたいものです。

そのためには相手への敬意を忘れないことが必須です。

私の場合、誰かがやってくれたことや提案に対し、感謝するところに目を向けるようにしています。

これが不足点ばかりに目が行き、指摘ばかりで仕事した気になってしまうと、批評家になってしまいます。

例えば最近だと↓の事例です。

ワクチンの大規模接続センター運営の例

私も先日接種してきました。この記事を書いてる今、モデルナアームで腕が痛くて上がりませぬ。

そこは今年度から廃校になった校舎が会場です。

批評家:こんな古い校舎で衛生面が心配だ。

別視点:効率的に活用できる会場を準備してくれた。

大勢のスタッフが対応してくれています。

批評家:こんなにスタッフ居たら感染リスク高まるんじゃないか。

別視点:これだけの人数に動いてもらうとなると企画した人は大変だっただろうな。

その日はあいにく雨の日でした。

批評家:校庭が駐車場だから足元が泥で汚れる。

別視点:人が多く通るところや水たまり深いところは木の板を置いてくれてて助かる。

こんな感じです。

1から全部考えてくれた人に対し、多少の不足点を見つけるのって、実は簡単で誰でもできます。無能でも。

というか、全ての面で完璧を求めていたら何も実行できないわけで、そしたら無能ですよね。

批評家ではなく実行者の視点で建設的な言動に

批評家は実行する人にとって、正直なところ邪魔でしかないです。

批評家の指摘で助かることなんて、50回に1回くらいですかね。それも致命的ではない程度なのに、組織上のルールで無視して進められない。時間ロスの方が大きすぎます。

有能な人は、特に重要なポイントを優先して対策し、リスクも背負う判断をして実行するから成果につながってます。

他の人の行動に対しても、感謝ポイント(努力や工夫しているところ)を見つけることで、自らの学習にもつながってます。

とはいえ気をつけたいのは、不足点の指摘で論破するのって、気分いいものだったりするところです。

邪魔してるだけの実態なのですが、論破したことで有能と錯覚できちゃうわけです。

それも無能でもできるので、無能は繰り返して自己満足を繰り返すことになります。

そうならないために、私は感謝するところに目を向けるように意識してます。

無能な批評家にはなりたくないものです。

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